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演奏会日記 都響第689回定期演奏会 Aシリーズ 日時:2009年11月24日(火)午後7時 場所:東京文化会館 出演 管弦楽:東京都交響楽団 指揮:エリアフ・インバル 曲目:ブルックナー/交響曲第5番 変ロ長調 話は長くなる。いつものことだが。 13年前の5月。場所は事務所近くの萬福というラーメン屋。 先輩弁護士と遅めの夕食をとっていたのだが,そこでN響のC定期の中継が流れていた。えらく重厚な曲で終わるかと思うとまた続く。 途中で食べ終わってしまったので,ちょっと後ろ髪を引かれながら店をあとにした。 自宅に帰って,ブルックナーの5番であること,インバルが振っていること,そして明日も演奏会があることが判った。 当時からブルックナー好きではあったが,主に聴くのは8番。それから7番。あとは4番。5番は食わず嫌いだった。原因は最初にクナッパーツブッシュのLPを買ってしまったことかもしれないが,ともかくあまりにもブツブツと切れる音楽で第1楽章の途中で聴くのをやめてしまった。だから,第4楽章などは全く知らなかった。 しかし,FMから流れる音楽を聴いて,「あした聴きに行ってみよう」と思った。 これがブル5初体験。 そのときの模様は今でも覚えている。土曜の午後ということで,人民席でも買って聴こうと思ったら満席。仕方なく一番安い指定を買ったが,ちょうど3階席に中学生だか高校生の集団鑑賞が入り,前半(ギトリスがソロを弾いたストラヴィンスキーのヴァイオリンコンチェルト)はざわついた雰囲気で台無し。休憩時に皆有無を言わせず前の方や階下に移っていった。 私も係の人に「うるさいので席を移りますから」とだけ断り,返事を聴かずに前方の席へ。 そのときの陶酔感が,ブル5中毒の始まり。 だから,インバルはブル5の魅力を教えてくれた恩人である。 その後は,思い出すままに書くと 朝比奈/大フィル(東京,大阪),ミスターS/ザール&読響,飯守/シティ・フィル,ハウシルト/NJP,アーノンクール/ウィーン・フィル,アバド/ベルリン・フィル,ティーレマン/ミュンヘン・フィル,内藤/ニューシティー管,ブロムシュテッド/ゲヴァントハウス,マーガ/新星日本,堤俊作/俊友会管弦楽団 あたりを聴いてきた。 ところが,都響では一度も聴いていない。このころから,ブルックナーの5番,7番,8番あたりは朝比奈さんが振っていた。ブル5を聴き出してから最初の機会は,都響のA定期。ところがすでに売り切れ(天覧演奏会)。そのあとは2000年3月のB定期。このときはチケットを持っていたが,ウィーン渡航とぶつかって泣く泣く手放した。結局,朝比奈/都響は一度も聴けずだった。 それから9年。都響にインバルが登場してブル5を振るというのは,なんとも曰く因縁を感じた。そんな思いで演奏会に足を運んだ。 演奏は,悪くない。 あえて言えば,とても硬質なブルックナー。オケは良く鳴っていたし,ソロもさえていた。 ところが,凄く鋭角さというかとげとげしさを感じてしまう。 スクロヴァチェフスキのブルックナーも筋肉質であるが,暖かさを感じた。 ヴァントだって,「ブルックナーにお香の香りを求めるのは間違っている」と言っていたけれど,そこに現れていたのは,精緻な建造物であった。 ところが,今日は,練習番号Zまでくると,いつも見えるはずの大伽藍が見えない。 ホールのせい? いや。飯守/シティ・フィルのときはくっきりと見えた。 はっきりとは言えないのだが,なんかブルックナーの語法ではなくマーラーの語法で語られていたような気がしてならない。もちろん曲全体がそうなのではなく,たとえば第2楽章の第2主題などはブルックナーらしかった。しかし,すぐにまたその色が見えなくなってしまう。 もどかしさの中で終わってしまった。 自分の物差しが正しいかどうかは判らないけれど,これまで見えたものが見えなかったということは確か。 こういうこともあるんだろうな。 曲への思いと演奏とがマッチしなかった。 ただ,曲に対する思いが強いだけに,この不一致はつらいものがある。 |
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